小岩 Johnny ヴィンテージパーティ 西陣スカジャン編

2014年7月28日

超が3つ程付くド級のスペシャルな1枚です。

こちらが西陣織のスカジャンになります!

通常スカジャンといえば龍や虎などの動物モノ、その他日本地図などの絵柄を刺繍されたものが定番です。

その刺繍のデザインによって大変珍しい刺繍があります。

以前のBlogでも書いたが骸骨の刺繍モノ、舞妓はん、原爆モノの

刺繍モノ。。。

または虎や鷹などのプリントが施されたデザインは非常にレア度が高く

コレクターのココロを鷲掴みにしますねw

その他に絵柄というよりこういった生地を使った物も存在します。

極々稀にスカジャン本やその手のマニア本や資料本に西陣織の

スカジャンが掲載されるコトはございますが先ずプライスは付いていません。

もう滅多に出ないからね。。

また掲載されてる西陣織スカジャンもボディ部分のみで袖は通常のサテン…。

こういうのはたまに出ます。

それでも充分に、充分に珍しいですがね。

こちらはフルボディですからね〜〜♪

総、西陣織でございます‼︎

まぁ〜 スカジャンに全く興味のナイ人にいわしたら

大阪のオバハンが着るただの派手なダッサイジャンパーやろなぁ〜wwwwwww

着る人を選ぶわね。

そもそもスカジャンは難しい…。

完全に着る人を選びます。

着こなす…。とか、、、、 そういう生半可な気持ちではスカジャンに

着せられてしまいます。

その中でもこの西陣織は究極のダッサイジャンパーでしょうw

。。。。。。西陣織その名前の由来。。。。。。

『西陣織』という名前を耳にした事があるという方は、

このクソBlogの読者でもの中にも多数いらっしゃるのではないでしょうか。

ではなぜ西陣織と呼ばれるようになったのかを少しお話いたします。

話は応仁の乱にまでさかのぼります。

応仁の乱は1467年から11年間京都を中心に続いた戦争のことです。

東軍率いる細川勝元と西軍率いる山名宗全とが争った戦争です。

その戦争の際戦乱を避けるべく、京都の織物職人たちは都を離れ各地に散ってしまいました。

やがて戦争が終わりを告げると、各地に散っていた織物職人たちは

再び都(京都)に戻り織物業を再開しました。

東京が都となったのは明治時代ね。

その再開した場所が西軍の陣地だったことから、西の陣すなわち

西陣であり現在の西陣織と呼ばれるに至ったということです。

西陣織と呼ばれるようになってから500年余りの歴史があるわけです。

名前が付いたのはその時ですがこの織り方の技術自体はさらに遡ること6世紀前には確立されていたようです。

また素材自体は絹を使っており高級な織物ですわな。

どうですか。。。

また歴史に袖を通すコトになりましたw

画像はジョニーから拝借しましたぁ〜♪

先日、、、、ようやくこのスカジャンの支払いが終わったんで正式にアタシが所有者になりましたとさ。。。

めでたし、めでたし…。

http://crunkdevil.com

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